【オピニオン】誰が円高を恐れるのか? WSJ 2010年 9月 7日 11:12 JST
2010年9月8日水曜日
最近の円高を受けて、日本では政治家やメディアが興奮しまくっている。紋切り型の理屈では、強い通貨は輸出企業にとって悪い材料で、現在のように輸出主導型の景気回復には潜在的に深刻な打撃になる。しかし、円高の真の効果は大半の人々が考えるのとは異なっている。
意外なことに、円高の最大の影響は、輸出企業にではなく、国内市場で販売している日本企業や伝統的に円高に無関心な官僚や政治家に強く表れているよう だ。海外での販売に依存する企業は、必ずしもかつてのように輸出に依存していない。これら企業は、競争上の圧力や長期的な円高トレンドに対応して、ずっと 以前に生産拠点を海外にシフトし始めた。1997年から2007年までの10年間で、製造業者は海外生産比率を11.4%から19.1%に拡大した。日本 の最も競争力のある輸出企業は同時に海外生産の先導役でもある。日本の輸送機材(自動車を含む)の39.2%、情報・通信機器の28.1%が現在、海外で 生産されている。
その結果、日本は今や、海外への輸出自体ではなく海外投資からの収入に多くを依存している。確かに、日本の競争力のある自動車・エレクトロニクス業界の 間では、海外進出の動きが05~07年の間にピークに達した。この間の円安が海外進出トレンドが逆転する一因であったかもしれない。しかし、最近の円高を 受けて、競争力のある輸出企業は戦略を再検討し始めているから、こうした企業が海外工場での投資拡大を検討しない理由はどこにもない。
このことは国内雇用に影響を及ぼすし、政策当局者の懸念にもなるだろう。だが、その影響の度合いは一般に考えられているほど大きくはないかもしれない。 経済産業省(METI)の最近の調査では、現在の円高水準が続くとすれば、海外の工場への投資を一段と拡大すると回答した製造企業は全体の61%に達する という。しかし既存の工場を海外の工場に置き換えようとする企業はわずか39%にすぎない。つまり、製造業者の大半は、海外投資に現在使っていない資金 (日本企業は企業貯蓄率が高いおかげで、こうした資金を豊富に保有している)を拠出するとしており、必ずしも国内工場を閉鎖するわけではないということ だ。
一方、日本の企業社会の中には円高の恩恵を享受し始めている部門もある。多くの輸出企業は既に円建てで契約している。日本の通関統計によれば、米国を除 いて、日本の輸出製品をネットベースでドルで支払っている海外の地域はほとんどない。その結果、ドル建てのシェアは輸出で48.6%、輸入で71.7%と なっている。また円建てシェアは輸出で41%、輸入で23.6%だ。つまり、日本はますます強くなる円で輸出品の支払いを受け、ますます弱くなるドルで輸 入品の代金支払いをしている。
METIの調査でわかった重要なポイントは、円高の最大の危険は、輸出市場シェアが侵食されることではなく日本国内市場での輸入製品との競争激化だと回 答している製造企業が41%に達している点だ。これに対し、現在のドル・円水準では貿易相手国が日本の輸出製品を購入しなくなってしまうと回答している企 業はわずか33%だ。
これは、これまで外国の消費財・サービス輸入を制限しようと努力してきた日本のような消費依存経済大国の病理の一断面を示している。これまで外国製品に 差別的だった日本の消費者は、円高で輸入品が安くなっている時期に既存の国内の財・サービスを購入する価値が本当にあるのだろうかと自問し始めているよう だ。円高は本質的に、外国の財・サービスの輸入のさまざまな障壁を少なくとも部分的に相殺しているのだ。
つまるところ、円高論議の盛んな現在こそ、海外に焦点を当てるのではなく、長くないがしろにされてきた日本国内の財・サービス部門の在り方を徹底的に検 証する好機だ。これは国内企業にとっても政策当局者にとっても難題だ。日本は戦後長らく、輸出依存型の成長に毒され続けたため、政治的な無関心と効果の上 がらない政策決定を許してきてしまった。これが政治家たちが依然として円・ドル水準にかくも執着する理由の一つだ。
日本企業と政策当局者は、どうしたら国内の消費者の新たなニーズにうまく対応できるか? 日本の最も優れた企業が海外に投資して海外工場での生産を拡大 したのとまさに同じように、国内販売企業はまず国内で流通、マーケティング、そしてサポートという一連のプロセスを検証し、そして改善すべきだ。政策当局 者は企業のこのプロセスを側面支援するため、企業が適用困難な規制を緩和する努力を払わなければならない。中小企業の立ち上げを困難にしている規制を撤廃 し、生産性を向上させる技術に投資するよう税制措置を導入することだ。
政策当局者はまた、為替レートへの介入、ないし外国企業への参入障壁を高くすることによってこのプロセスを抑えようとする誘惑に抗すべきだろう。日本の企業社会がこの移行を遅らせれば遅らせるほど、その実現は困難になるだろう。
(ナオミ・フィンク氏は三菱東京UFJ銀行のストラテジスト)
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